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ライターなごみぃのプロフィール

 2017/07/27 プロフィール
この記事は約 22 分で読めます。 138 Views
なごみぃ
こんにちは!商品のプロモーションやイベント企画の仕事に長く携わってきたので、トレンドには敏感!(でいたい)です。「なぜなぜ?どうして?」と根掘り葉掘り知りたいタイプなので、気になった情報はトコトン掘り下げて紹介します!⇒詳しくはこちら

こんにちは!ライターのなごみぃです!
このページでは、ライターなごみぃのモロモロについて紹介したいと思います。

星座は水瓶座、血液型はAB型、バツイチ、子なし、都内某所であと数年で定年を迎える夫と二人暮らし。

ケータイもPCもない時代に青春を過ごし、社会人になった頃は、「人生ラクショー!」と思ってたバリバリのバブル世代。しかし、しかし…半世紀以上生きてきて、「人生そんな甘くない!」と、実感している今日この頃です。

なごみぃ
少し長くなるかもしれませんが、呆れずにお付き合いくださいね♪

人生山あり谷あり?私の経歴

byなごみぃ

まずは私の経歴から紹介しましょう。

誕生から幼少期

生まれは東京。と言っても南西のはずれの多摩川ぞいの小さな街です。実家は、食料品、タバコ、日用雑貨などを扱う店舗(今でいうコンビニかな?)を経営していて、私が子どもの頃は、祖父母、両親、兄、住み込みのお手伝いさんがいて、全員で7人の大家族。さらに、家の2階は下宿として貸していて、そこに3世帯が住んでいたし、業者さんやお店のお客さんなどがひっきりなしに出入りしていたので、とにかく落ち着かない騒々しい家でした。

 女の子だったこともあり、祖父母にはすごく甘やかされて育ちました。近所には同年代の子どもがたくさん住んでいましたが、私が一番チビだったので子ども同士でも甘やかされていて、この頃に培われた末っ子根性は、大人になった今も消えることはありません。

学生時代

小中学校の頃は、活発で少し大人びた感じの子どもでした。勉強は全然しないし、授業もちゃんと聞いていないタイプの子どもでしたが、成績は上の中程度に良かったです。ですが、高校に入ってからはダメでしたね~。「授業を聴いていてもわからない」という挫折感を初めて味わいましたね。

でも、そこで「よし、勉強しよう!」と思わずに、

「よし!勉強できなくても大丈夫なことを考えよう」

とするのが、私なごみぃでございます。進学先を「勉強しなくても入れるところ」に定め、遊びとアルバイトに明け暮れる高校時代でした。

短大に進学してからも状況はあまり変わらず、遊びほうけて毎日を過ごし、いざ就職となった時期には、雑誌でたまたま見かけた「自動車会社のイメージレディ」に刺激を受け、「私、コレやってみたい!」と簡単に決めてしまいました。狭き門だということはわかっていましたが、「ダメだったらバイトでもいいかな~」と、軽~い感じでした。

なごみぃ
当時は今と違って女子の就職はあんまり重要視されていなかったんですよね。「花嫁修業」と称する無職女性も多かったし。

無事に社会人デビュー

で、どうなったかというと、これが受かっちゃったんですね…自動車会社のイメージレディ。試験は書類選考の後、筆記試験2回と、面接3回。素行調査もあったとかなかったとか…。なんで受かったのか自分でも不思議なのですが、噂によるとライバル会社のイメージレディは「美人モデル系」、私が受かった会社は「隣のお姉さん系」なんだそうで、まぁそうゆうことなんだと思います。

仕事内容は、普段はショールームでの接客業務。メーカー直営のショールームなので販売はなし。その他、地方の新車発表会や展示会でのナレーション業務、イベントのMC、各種式典のアシスタントなどです。

これでお給料は、当時の大卒初任給の2倍!ショールームでの日勤は、わずか4時間のみ。地方に行けば、接待で美味しいものをたくさん頂けるし、自社のCMに出演しているタレントさんにも会える!

いや、もうこれじゃ20歳の小娘の人生観・お金の価値観、狂うの当たり前ですね~。これを矯正するのに20年ぐらいかかりました。でも、この時期に叩き込まれたナレーション技術、礼儀作法、立ち居振る舞いは、その後の私の仕事にとって大きな財産になっていきます。

最初の結婚、そして離婚

イメージレディの仕事は2年契約で満了。卒業と同時に同期が次々と結婚していく姿を見て、私の次の目標も当然「結婚」になりました。学生時代から付き合っていた男性に「結婚しないなら別れる」と半ば脅しのような宣言をして、退職して2年後に結婚しました。24歳のときでした。

 しかしこの彼とは2年で破局。理由は私の幼さとしか言えません。彼は結婚3ヶ月目に海外赴任で半年家を空けてしまいます。帰国後も仕事が忙しく、ほとんど家にいない毎日。夫婦の会話はドンドン減ってしまい、寂しさに耐えられなくなった私はついに言ってはいけないことを言ってしまったんです。

「私と仕事、どっちが大事なの?」

当時の彼は、就職して3年目。一番仕事が面白くなってくる時期ですよね。そういうことが当時の私はまったく理解できなかったんです。

今思うと、彼にも親にもひどいことしたな~と思います。離婚したこと自体は後悔していないのですが、自分の未熟さ、身勝手さを思うと、恥ずかしくなります。若気の至りでは済まされないですね。

だからその後は「私は幸せになっちゃいけない。なれるわけない」ってずっと思っていました。恋愛でトラブルがあるたびに「あのとき彼を傷つけた報いだ」と考えてしまい、その呪縛は長いこと私を縛り付けていました。

フリーターで不安定な生活

離婚後は実家に戻らず、一人暮らしを始めました。仕事は、ナレーター、イベントMC、TV番組のアシスタントなど、若干芸能よりのこともやるようになりました。

TVの仕事以外は、日給はかなり高給だったので、月の半分働けばOKという感じだったのですが、そんなに都合よく仕事は入らず。月によって大きく収入が異なるので、一人暮らしはかなり不安な状態。

少しでも安定させるために、ビジネスマナー講師の仕事も引き受けるようになり、そのうちにそちらが本業のような感じになっていきました。教育の会社でテキストや資料を作ったり、公開講座のインストラクター業務などもやりました。

でも、「先生」って呼ばれるのは、やつぱりちょっと苦手。「ちゃんとしなきゃ」っていうプレッシャーも強くなるし、自分じゃなくて「先生を演じてる」状態にかなりストレスを感じるようになり、3年ぐらいお手伝いしてその会社を辞めました。

なごみぃ
教育の会社では、指導の仕方をはじめ、コミュニケーションとか自己実現とか、色々なことを学ばせてもらいました。仕事上の考え方のベースはこの時に培われたものが大きいかな。

夫との出会い・同棲・結婚

この頃に知人の紹介で知り合ったのが今の夫。第一印象は、「ガラの悪い怖い人」でした。何となく流れで同棲をはじめてしまったけど、それによって結婚は少し遠のいた感じです。

私としては早くちゃんとしたかったのだけど、彼にしてみれば「一緒に暮らしている」という事実だけで十分。正直言うと、「妻」にするには少々不安があるという感じだったのかもしれません。確かにこの頃の私は結婚に対する憧れはすでに消え失せ素のママで生活していたので、逆に初婚の彼が思い描く「理想の夫婦生活」とはかけ離れていたのかもしれませんね。

ズルズル4年間の同棲を続けましたが、それぞれの親のプッシュもあり、何とか籍を入れる段取りになりました。「結婚記念日は、絶対忘れない日にしたい」という彼の希望で、私の誕生日(2月)に籍を入れようという話になったのですが、この頃二人とも超忙しくていざ誕生日の当日には、そのことをすっかり忘れていたんです。

誕生日のお祝いで二人で外食して帰宅するタクシーの中でそのことに気がつき、「うわぁ12時過ぎちゃったよ~」「誕生日に入籍できないっ!」と、二人で大笑いしたことを覚えています。で、その年は平成7年だったので、「777(スリーセブン)で七夕にしよう」と決め、無事に入籍を果たしました。この夏で結婚22年目を迎えます。

私たちの結婚生活は決して順風満帆という訳ではありません。夫は結婚後も独身時代の生活スタイルを一切変えようとはせず、私は私で仕事がドンドン忙しくなってすれ違う毎日が続きます。夫婦で必要な話はメールでやり取り。お互いに言いたいことはたくさんあったけど、言えばケンカになるのがわかっていたし、話し合いをすれば、結論は離婚しかない…ケンカも離婚も面倒、そんなことに時間を使いたくない、そんな思いでずっと問題から目をそらしてきたのです。

当時の私の正直な気持ちは、「バツイチはいいけど、バツニはちょっとマズいでしょ」です。二人の関係を修復するためにどうしたらいいのか?を色々考えました。で、私が出した結論は、

「そうだ、引っ越しをしよう!」です。

色々嫌な思い出は全部捨ててしまって、まっさらな場所で一からやり直そうという気持ちです。夫も同じ思いだったのかもしれません。

引っ越しはすんなり決まり、これをきっかけに仮面夫婦から普通の夫婦へ一歩前進しました。現在の夫婦関係は自他ともに認める「仲良し夫婦」です。

なごみぃ
こんな関係になれたのは、ひとえに夫の私に対する対応の変化。「なぜ仲良し夫婦になれたのか?」については、いつか記事にしたいな~と思っています。

プロモーション企画運営会社で16年

話は前に戻りますが、教育の会社を辞めて自宅で引きこもり生活をしていた頃、知り合いの会社の社長(女性)と偶然再会し、「ヒマならうちでバイトしてよ~」の一言で、プロモーション企画運営会社に就職が決まりました。

プロモーション企画・運営とは、商品の販売促進のためのイベント、展示会などの企画運営を行うもので、イベントの企画、演出の企画制作、運営計画、マニュアル制作、イベントスタッフ、コンパニオン等のキャスティング、教育、コスチューム制作などなど、業務内容は多岐にわたります。さらに、準備から当日の現場ディレクション、報告書作成まで土日・平日に関わらず仕事が発生します。

「忙しい会社」だとはわかっていましたが、「そろそろ裏方に回るのもいいかな~」的な軽い気持ちで引き受けてしまったのです。が、これが聞きしに勝るブラックでした。「うちの会社が」という訳ではなく、業界全体がブラックだったんです。

複数のプロジェクトが同時並行で進んでいるので、1つ終わっても、また次、また次、というように毎日毎日何らかの納期が迫ていて、仕事に追われる毎日でした。毎日残業で帰るのは12時過ぎ。

忙しい月は、2徹、3徹当たり前。休みもまばら。唯一ゆっくりできるのは出張に出ているときだけ…という感じだったので、身体はかなり酷使していたはずです。

でも、病欠したことは一度もありません。現役時代に「現場に穴を空けるのはご法度」「倒れるなら現場に行ってから」を叩きこまれていましたから当日欠勤なんて絶対できなかったのです。今思うと、クライアントの信頼に応えたいという「責任感」と、やり遂げたという「達成感」のためだけに動かされていた気がします。

すごく大変な仕事でしたが、もちろん楽しいこと、勉強になることもたくさんありました。特にセールスプロモーションという性質上、色々な新製品情報、最新技術などをいち早く知ることができて良かったです。知識欲や探求心が高まるし、毎日が刺激的でしたね。

入社当時は「半年持たない」と思われていた私ですが、なんとこの会社に16年勤めました。辞めるときは「やり切った感」があったので、寂しさとか名残惜しさみたいなものはまったくなく、「解放~♪」という気持ちのほうが強かったかな~。

パート社員として再出発!

退職後は、WEBデザインのスクールに通ったりしながら自宅でできる仕事を模索していました。でも、どれもピンとこなくて、株やFXなどに手を出したりもしていましたね。お小遣い程度は稼げていましたが、これまでの浪費グセはなかなか抜けず、夫に頼ることもできず、ついにパートで働くことを決意します。

比較的時間が自由に選べてソコソコ時給がいいということで目をつけたのが、コールセンターです。喋ることには自信があるし座ってできるし、いいかな~?というこれまた軽い気持ちで大手コールセンター会社の面接を受け採用決定。最初に勤務したのは官公庁系のコールセンターでした。

コールセンター業務といっても、オペレーターとして電話対応していたのは、最初の10カ月間のみ。あれよあれよという間に管理職になり、数ヶ月後には採用・教育担当に抜擢されることになりました。

当時、オペレーターは200名程度だったのですが、それをわずか半年で1000名まで増やさなければならず、採用担当の私の業務は毎日面接。前の会社でも日常的にコンパニオンさんのオーディションを行っていたので、面接には慣れていましたが、さすがにちょっと辟易しましたね~。

さらに面接に訪れる方たちの中には、リストラや定年後の再就職先としてこの業務を選択されている方も多く、元小学校の校長先生とか、外資系アパレル企業の社長さんなんかもいらして、人生の先輩に対してどう対応すべきか?と悩んでしまうこともあれば、「人生の悲哀」みたいなものも感じられて自分の将来が不安になったりしたものです。

そのセンターが契約満了でクローズした後は、大手ネットメディアのセンターに異動になり、新規プロジェクト立ち上げの委託業務を担当した後、同じグループの別部署にテコ入れのためのスタッフとして異動することになりました。

そもそもパートで働くことにしたのは、「責任ある仕事はコリゴリ…パートでラクに働きたい」という気持ちからだったのに、なぜか管理職にさせられ、どんどん責任の重い職場に回されてしまい、またまた残業やストレスの嵐にさらされることになってしまったのです。精神的に落ちていくより、身体のほうが先に悲鳴をあげました。

軽いパニック障害、微熱、謎の歯痛、アナフィラクトイド紫斑…と不調が続き、「これはもう限界!」と悟り、コールセンターの会社は4年で退職。その後は専業主婦として穏やかな毎日を過ごしています。

なごみぃ
はぁ~長かったですね。なんせ半世紀分ですから…(笑)

今の私ができるまで…

性格は、おおざっぱでお気楽なタイプ。平和主義者で人との争い事は苦手。人に干渉することも干渉されることも嫌いなので、他人とはちょっと距離をおく傾向があるかも。

信条は、「決めるのは自分」ということ。くだらないことは人に相談することもあるけれど、大事なことはいつも自分の意志で決定します。これは後で不都合が起こっても、他人や物・機会のせいにしたくないから。

誰かに何かを相談されたときには「私はこう思う」ということだけ伝え「自分で決めて」と言います。例えば部下が「辞めたい」と言ってきたときも、一応理由は聞きますが、「決めたんなら仕方ないね」と、基本的に慰留はしません。だから「冷たい人」と思われることもしばしばあります。諦めも早いし、物や人に対する執着も薄いんですよね~たぶん。

さて、末っ子根性の甘えん坊が、こんな性格や信条に変わっていったのは、なぜか?それは夫・仕事・親の影響がとても大きいようです。

夫と私の関係

夫は論理思考が強く、めっちゃポジティブな人です。そして他人に厳しく自分に甘い、自由奔放な性格。

だから、何か相談したり愚痴をこぼしたいことがあっても、話している途中で「で、結論は?」とか「それはお前が悪い」と言われて終了なので、これでロジカルな考え方・話し方がずいぶん鍛えられました。

それに「ムリ」「できない」といえば「ムリじゃなくてどうすれば出来るのかを考えろ!」と言われるし、FBなどにちょっと暗い話を書き込めば、「ネガティブなことを書くな」と怒られる…。まぁネガティブよりポジティブなほうがいいのですが、かなり度が過ぎるので一緒にいるとこちらがネガティブになってしまうこともあります。

ムダにケンカしたくないので、夫には決して愚痴をこぼさないようになりました。これはこれで夫婦仲をキープするのに役立っているようです。

ポジティブ思考とはちょっと違うかもしれないけど、こんな夫といることで言ってもムダなことはばっさり切り捨てるクセがついたようで、それがある意味「仕事上の豪胆さ」にも繋がっていったようです。仕事のクライアントさんからは、「なごみぃさんって、中身は男だね」とよく言われました。

夫の自由奔放さはケタはずれなのですが、一番のエピは何の相談もなく勝手に会社を辞めてしまうことでしょう。国内大手企業をはじめ、外資・中小など、これまでにカレコレ5~6社ぐらい転職を繰り返しています。(もう正確な回数は覚えていない…)

最初のときには、ある日突然「会社辞めた」と言って帰ってきて、その翌週には「ちょっとアメリカ行ってくる」と言うので1週間程度の旅行なのかと思いきや、「まずはLAに行くつもりだけど、その後移動するかも。帰ってくる予定はまだ決めてない」と言って、そのまま3ヶ月帰ってきませんでした。「はぁ~?」って感じですよね。

帰ってきて2~3ヶ月日本にいたと思ったら、また旅立ってしまうし、そんな感じでフラフラと1年間も遊んでいるので、「そろそろ就職しませんか?」と聞いてみたら、「そうだな」と言って、翌週ぐらいに次の就職先を決めてきました。

こんな感じで退職すると1年近くプータローして、また再就職するということ繰り返しているんですよね。でも、本人がやる気になると就職先も決まるし、どう工面しているのか知らないけど、生活費も今までどおりに出してくれるので、何も言わずに放置してました。我が家は基本的に「自分のことは自分で」なので。

でもさすがに彼が50歳を過ぎてから会社を辞めたときには、焦りましたね~。将来のことを考えると不安でいっぱいになってしまったけど、極力今までと同じように「何も心配していない」という姿勢を貫くように頑張りました。もう「信じるしかない」って感じです。

心理学者アルフレッド・アドラーの言葉

「真の幸せを求めるなら相手を無条件で信頼し、愛し続ける勇気を持つこと」

というのがあります。以前は「愛し続ける勇気」っていうのが、どうもピンとこなかったのですが、このときやっと理解できました。人を信じること、愛することって、とっても勇気がいることなんですね。おかげ様で無事に再就職も決まり、今は平穏無事な生活をしております。

夫との関係で唯一後悔しているのは、子どもを作らなかったこと。

私たち二人は、子どもができない体質だったわけではありません。話し合って子どもを作らないことを選択したわけでもありません。ただ忙しく毎日を過ごしている間に、タイミングを逃してしまったというのが正直なところ。子どもがいない人生も楽しいものですが、「二人でちゃんと話し合わなかった」という点だけは、後悔してもしきれない…と思っています。

仕事と私の関係

「立場が人を作る」と言いますが、仕事によって形成された性格ももちろんあります。

イメージレディの仕事は確かに華やかだったけど、ビジネススキルはまったく身についていないし、社会常識もない。もしも普通の会社に再就職したら、間違いなくダメ社員のレッテルを貼られていたと思います。早く普通の社会人(?)になりたくて、ワープロ、PCも自力で勉強したし、残業もいとわずにやったつもりです。

プロモーション会社でも結構頑張って働いたつもりでしたが、知らず知らずに甘えが出ちゃっていたみたいで、あるとき社長から

「いつまでも女の子のつもりでいるな!」

と一喝されてしまいました。

悔しかったし、「女の子だってうまく仕事に使えればいいじゃないか」という反発もありました。それ以来かなりピリッ・サバッとした性格に変わっていったように思います。

この社長という人(女性ですが)、夫と同じぐらい自由奔放でバイタリティ溢れる人なんです。そしてかなり攻撃的。だからまず最初に私が身につけたのは、言われたことを「右から左に受け流す」という技術。何を言われても気にしないし、傷つかない鋼の心を手に入れました(笑)

パートで働いていたときには、大手ネットメディアの仕事っぷりに触れてみて、その圧倒的なスピード感にすごく驚かされました。その企業は、「走りながら考える」「立ち止まることは、遅れをとっていることに等しい」という考えで、やってみてうまくいかなければ即座に方向転換してしまいます。

私たちのような下請け業者からすると振り回されることも多く、やっかいなクライアントさんではあるのですが、移り変わりの早いネットの業界で成果を上げ続けていく秘訣がコレなんだろうなと納得しました。

あと、「企業の一員として働くってこんな感じなのね」ということも体感することができました。これまでの仕事は、比較的小さな会社で職人的な仕事のやり方でやってきていていたので、組織の一員として仕事を進めていくということはすごく新鮮な感じがしたし、この年になってよい経験ができたと感謝しています。

親と私の関係

実家は商売をしていることもあり、両親は二人とも常に家にいたものの、放任されて育ったと記憶しています。祖父母に甘やかされていたわりには、早くから自立心が芽生え、中学卒業と同時にアルバイトを初め、欲しいものは親にねだるのではなく自分で買うというスタイルが身に着きました。自立心というより干渉されるのが嫌だったのかもしれません。

結婚して家を出てからは、近くに住んでいるにも関わらず、ほとんど実家に帰らない日が続きました。仕事が忙しかったというのが一番の理由ですが、それにかこつけて面倒なことを避けていただけというのが本音です。

「そのツケが回ってきたな」

と思ったのが、5年前です。年明け早々、父が突然体調を崩し入院することになってしまったのです。入院当初の症状は「逆流性食道炎」とのことでしたが認知症のような症状も見られ、約1年間入退院を繰り返し、その年の暮れに肺炎で他界しました。

この1年間は、介護認定の手配、ケアマネとの打ち合わせ、実家の介護リフォーム、受け入れてくれる介護施設探しなどなど…、そのすべてを私一人で行いました。中でも一番辛かったのが、介護施設探し。施設見学に行くと必ず聞かれるのが「もしものときは、延命措置を希望しますか?看取りを希望しますか?」ということ。

言葉の意味を考えると怖いですよね。「それ、今決めるの?私一人で決められるわけない…」でも、私が返事をしないと入院は認められないんです。これが何より辛かった。

父が亡くなった後も母は一人で店を開けています。仕入れも何もできないので、今はタバコ販売だけを細々とやっている状態です。「そろそろ辞めれば?」と言っているのですが、「来てくれるお客さんがいるから」と言って辞めようとしません。母のボケ防止にもなっているようなので、もうしばらくは様子をみるつもりです。

父の入院から実家に行く回数は格段に増え、実家に通いやすい場所に引っ越しもしました。母は最近昔のことをよく話すのですが、どうやら私は放任されていたわけではないようです。

  • 祖父母が余りにも甘やかすので、親は厳しくせざるえなかったこと
  • 進学も就職も結婚も一人で勝手に決めてしまったのが親として寂しかったということ
  • 私の結婚式の前日に、父が一人で泣きながら夕飯を食べていたこと

などなど…。

「出産すると親のありがたみがわかる」とよく言いますが、出産経験がない私は、だいぶ遅れて今ごろ親のありがたみを実感しているところです。

最近の私・これからの私

1つめの趣味:読書

子どもの頃から本を読むのが大好きで、中学時代は年間60~70冊程度の本を読んでいました。その後は遊びが忙しくなり、しばらく本からは遠ざかってしまいましたが、社会人になってから読書熱が復活し、小説、ノンフィクション、ビジネス書などを読み漁っていました。当時の夢は「家を図書館みたいにすること」です。

本から刺激を受けて何かを決断するということも多く、人生の岐路には、いつも何かしらきっかけとなる本がありました

今でも忘れられない1冊は、「いつも「忙しい」を言い訳にする人たち」 チャールズ・シュワブ副社長のベス・ソーイの著書です。

 仕事はノリにノッていたけど、部下の育成、組織の確立、営業実績など、自分の仕事以外の重圧に押しつぶされそうになっていたときに、この本に出会いました。仕事の目的、家庭との両立、自分にとって本当に大事なものは何か?を考え、その答えをくれた本です。
なごみぃ
10年以上前の本なので、残念ながらすでに絶版になっているようですね。仕事と家庭のバランスについて悩んでいる方はぜひ読んでみてください。

2つめの趣味:旅行

byなごみぃ

仕事柄出張が多かったため、国内はほとんど制覇していて、47都道府県のうち行ったことがないのは、秋田県、鳥取県、島根県の3県だけになりました。死ぬまでに是が非でもこの3県を訪問したいと思っています。

海外は、夏休みに友人夫婦と4人で旅行することが多く、それ以外のシーズンは夫とタイミングが合えば行くという感じです。

友人夫婦との旅行はアジアビーチが中心で、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、ベトナムの主だったビーチはほとんど行き尽くしてしまったので、昨年はガラッと変えてラスベガスに行ってきました。最初は「カジノしかないんでしょ~」とあんまり乗り気じゃなかったのですが、エンターティンメントの街はめっちゃ楽しかったです。

私の旅行の楽しみは、現地に行く前からすでにスタートしています。ツアーを使うことも多いですが、飛行機やホテルを自分で手配するのが大好き。経由便を使って安く現地に入る方法を考えたり、ホテルのキャンペーン価格を調べたり…。各社のフライトスケジュールを見ながら乗り継ぎルートを考えるだけでワクワクしちゃいます。

マイブーム

今のマイブームは、先日記事に書いた「マインドフルネス」。ストレスを感じることは少なくなりましたが、年のせいか脳の働きがイマイチ…。集中力も記憶力もなくなってきています。脳はトレーニング次第で活性化するということを知り、日々瞑想を実践しているところです。

そしてもう一つのマイブームがお弁当作り

今まで夫は「お弁当なんてカッコ悪い」というタイプの人だったのですが、突然「おにぎりでもサンドイッチでもいいから作って欲しいな~」なんて言い出して、ちょっとびっくりしています。専業主婦になって約2年。家事には未だに慣れなくて、毎日の夕食作りだけでもアップアップしているというのに…。なので、今は簡単にできるお弁当レシピの情報収集しているところです。

これからの私

byなごみぃ

もうずいぶん前のことになりますが、夫と二人で早期リタイアメント「海の見える場所でセカンドライフ」を夢見ていた時期があります。実際に石垣島に土地を購入したのですが、なかなか家を建てるところまでは至らず、土地は放置したままになっていました。「早期リタイヤも現実的には厳しそうだし、試しに売ってみる?」と、不動産会社に問い合わせてみたところ、ラッキーなことにすぐに買い手が決まりました。

で、そのお金で熱海にマンションを購入しました。今は平日は都内、週末は熱海の二重生活です。今のところ、母のことが心配なので、東京を離れることはできませんが、時期がきたら熱海に移住してもいいかな~と思っています。マンションには温泉もついているし、窓からは海と熱海の夜景が一望できます。鳥の鳴き声で目覚める朝は、なんとも気持ちがいいものです。老後は海を見ながらのんびり~♪過ごせたらいいな。

こんな私ですが、どうぞよろしく♡

bitomosの記事は、私というフィルターを通して執筆しています。私の経験値・価値観などに共感してもらえる部分もあれば、反面教師にしてもらえるもの、中には「いや、そりゃないでしょ」と批判したくなるものもあるかもしれません。いずれにしても、このプロフィールを読んでいただければ、「なるほど、こんな人だからなのね」と納得してもらえるかな~と思いながら書きました。

ライターとしては未熟者ですが、今後ともどうぞよろしくお願いします♪

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